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〜物流改善プロジェクトを通じて、ボトムアップで考えられる組織へと変革を遂げる〜

江部松商事株式会社(新潟県燕市 卸売業 従業員数140名 資本金3,000万円)

表面上の課題は物流改革であったが、支援者との対話を通じて社長は本質的な課題は、「社内のコミュニケーションと良好な人間関係の構築」にあると気づいた。支援チームは部門・役職横断的インタビューを行いつつ、社長をサポート。社長提案の「サンクスカード」による経営改善の取組を部門・役職横断的に実施することで、社内の環境改善、新しいことへ挑戦する空気の醸成といった成功体験を蓄積し、物流部門の改革という全社的な取組につながった事例である。


本事例のポイント

【タスクフォースメンバーと支援チームの信頼関係構築】

各部署から1名ずつ選ばれたタスクフォースのコアメンバー7名との会議において、支援チームとしてもプライべートな報告も含めた対話を積極的に行い、お互いの理解を深めていきながら、企業の現場側に立って支援する熱意を伝えていった。これにより、各部門のコアメンバーとの信頼関係を構築していくことができた。

 

【部門・役職横断的な取組で心理的安全性を高める】

部門・役職横断的にメンバーを巻き込んだタスクフォース運営により、メンバー間の心理的安全性を高めることができた。「これは言ってはいけない」というような雰囲気をなくし、支援終了後もボトムアップでの自発的な活動に繋がった。

当社の背景

当社は、調理器具を取扱う専門総合商社で、取扱商品数は数万点に及び、1,000を超える全国の販売代理店を通じて卸売業を展開している。先代が当社を業界の主要プレイヤーの一つへと躍進させた。売上高が堅調であることから、取扱量が年々増加していることが想定された。先代の長男である現社長は、支援開始の約5年前に社長に就任した。数年前に旧社屋の横に物流センターを新たに建設しており、地域のバリューチェーンを支える主要な会社の一つとして地域未来牽引企業にも選定されている。

当社は、売上高が堅調であることから、取扱量が年々増加していることが想定された。顧客管理や物流のオペレーションに無理が生じているのではないか、人海戦術に頼った運営により人手不足に悩んでいるのではないかなど、支援チームとしての初期仮説を立てた。また、カタログ営業の会社は、“待ち”の組織体質が染みつき、収益の取りこぼしが起きているケースもよく見受けられる。営業体制についても詳細にとらえる必要があると考えた。また、社長もまだ若く、支援開始の前年に前社長が代表の地位を引退してから日も浅いことにも留意して、訪問に臨むこととした。

支援の流れ

【部門横断的なヒアリングから事業の全体像をとらえる】

伴走型支援についての説明を行うと、社長からは「自分の頭を整理する良い機会になる。こういった支援はありがたい」という言葉があり、すぐに支援申込みを頂いた。

支援を開始し、実際にヒアリングを行ったところ、事業の伸びは近年横ばい傾向にあるという。国内の販売代理店の開拓はほぼやりきっており、これ以上の大きな伸びは期待できない。市場も今後、国内の人口減少に合わせて、縮小していく可能性がある。今後必要なのは、いかに自社のブランドを高め、いかにマーケットシェアを獲得できるかである。具体的には、カタログを配っている販売代理店における、当社に発注するアクティブな顧客数と発注量の確保だ。今まで通りでも、先代が築いてきた事業基盤があるため、一定の受注量は見込める。しかし、それに安住すればこの先の成長はない。社長は危機感を隠さなかった。

社長との対話に並行して、様々な部署の社員にインタビューを早期に実施した。

営業担当部長は、営業が物流業務に業務時間の半分近くが割かれており、日常業務やルート営業しかできていないことに問題意識を持っていた。営業戦略を問うと、社長の話と相異がない。従来の大手取引先に加えて、エンドユーザーに近い企業を重点的に回り、エンドユーザーとの日頃の関係作りに当社のカタログを使ってもらおうというものだ。新たな顧客の囲い込み策として、自社でのイベントの開催や、法改正への対応案内などの営業ツールの展開などにも注力していた。

物流・システム・経理などの担当者のインタビューで驚いたのは、受発注システムと物流システムの紐づけが20年以上前から行われ、今も当時のシステムを自社で改編しながら利用しているということであった。当社のオペレーションに合わせた、最適なシステムを自社で構築し続けていた。

テレマーケティング部は、1日に1万を超える受注処理や、クレームへの対応など、販売代理店の窓口としての対応を担う、当社の顔となる存在だ。何十人の地域の女性達が一丸となって注文を捌く対応力の高さが感じられた。社内の人間関係を繋ぐハブにもなっており、まさに会社の中核となる存在であった。

物流の現場視察でも、トータルピッキングとオーダーピッキングが混在して運用されていることに、また驚かされた。一つのオペレーションで統一するのが通常であるが、当社は様々な工夫を繰り返し、アイテム数で切り分けを行って、敢えて併存させていたのだ。進捗状況やパフォーマンスなどの見える化や、人海戦術に頼るオペレーション、スキルアップに向けた人材育成、現場の整理整頓など、様々な改善余地は見られたものの、当社の独自性が感じられるものであった。現場の苦心と、それらを支える社員の存在が特徴的であった。

 

【小さな成功体験を足掛かりとして、より大きな変革に着手】

インタビューなどでとらえたことを社長にフィードバックし、今後の取組方針に向けた対話を進めた。例えば、物流部門へのヒアリングを通じて、受注数が減小しても、毎日の残業時間は変わらないという点が捉えられた。なぜそうなっているのかの理由については、よくわからないという。ここに改善の余地があるのではないかと感じた。組織横断的にタスクフォースを組み、数値の見える化を進めることで、物流業務の効率化と、会社全体の業務平準化に結び付くのではないかという仮説を持った。

しかし、その提案を行った際、当初、社長からの反応は芳しくなかった。

「ご提案の内容はその通りだと思う。ただ、実際にはなかなか難しい面もある。実は、他の経営陣との間で、支援チームとこういった取組みをしていることを話していない。突然私が、やるぞ!と言っても理解を得るのが難しいかもしれない」

社長の周囲の古参メンバーとのコミュニケーションの取り方や事業戦略についての考え方の違いについて悩んでいる可能性もあった。そこで支援チームとしては、社長がリードしやすく、社内の反対を受けにくい取組みについて、対話の中で探ることにした。

他社事例も紹介しながら討議を重ねていると、社長から、「こういった取組ができないか」と、とある珈琲店が導入しているサンクスカードの取り組みが紹介された記事の紹介があった。頑張っている同僚を見つけて、手書きのメッセージを送り、定期的に表彰も行う制度だ。自然と周囲に目が行き、お互いの助け合いが生まれるというものだ。時間もかからず実現性も高い。社長にとっては、物流面はあくまでも表面上の課題であって、本質的な課題は社内のコミュケーションや良好な人間関係の構築であった。この点に社長自身が気づいたことは今回の伴走支援の大きなポイントとなった。支援者からも、「社長自らが取り組むことが大切です」と後押しをし、早期改善事項として取り組みがスタートした。

次に考えたのが、社長のもう一つのこだわりであった、会社のブランディングだ。BtoBのビジネスである以上、エンドユーザーには当社の名前は知られにくい。しかし、今後の市場変化に備え、社長はエンドユーザーから選ばれる企業になる必要があると考えていた。そのためには、エンドユーザーのニーズを迅速かつ直接に得られる仕組みが必要である。

支援チームは、前に持ち掛けた物流の改善を改めて持ち出した。物流部門の生産性を高めることは、将来投資の余力を確保することにもつながる。社長の中で自らプロジェクトを進めることの自信と、中長期的な事業戦略のイメージが付いてきたからか、自ら陣頭に立って進めたいとの発言があり、部署を横断した中核メンバーをタスクフォースとして組成し、実際の取組に着手していくこととなった。

 

【タスクフォースでの活動が、メンバーの成長に繋がる】

タスクフォースとしてのキックオフミーティングを実施した時だ。支援チームが会議室に入ると、各部署から1名ずつ選ばれたコアメンバー7名がとても緊張した面持ちで座っていた。社長から頭出しの説明はしたと伺っていたが、突然に社長から声が掛かり、外部からコンサルタントが来ると聞けば面食らうのは当然だろうと思った。そこで、支援チームメンバーも、改めてコアメンバーの方々と信頼関係を築くことも大事であると捉え、企業の現場側に立って支援する熱意を伝えようと考えて臨んだが、幸いにも、当社の特長として、会議前には必ず出席者全員がプライベートな関心事や出来事を挙手性で話をしていき、互いの理解を深め合うということを以前から行っていた。支援チームも率先して手を挙げ、人となりや何をしているメンバーであるのかを能動的にアピールすることで、当社メンバーの表情も柔らかくなっていくのがわかった。タスクフォースの取組として、まずは現況の業務フローの問題点を洗い出し、現場確認をしながら、最適な運用方法は何かを改めて検討することとなった。ボトルネックの主な点として、倉庫が複数階に分かれていることにより、連続的なピッキング作業が不可能であることや、受注や納入に係るデジタル管理が一部難しいものがあることがわかった。これらをどうすれば解決できるのかを考え抜くことにより、新たな業務フロー案とシステムの活用方法が見えてきた。また、こうした活動を通じて、社長は誰よりも率先してアイディアを出そうと臨み、メンバーの意見を引き出そうとする姿勢も見られ、タスクフォースメンバーからの信頼が日増しに高まっていることを感じた。

当社のタスクフォースメンバーは、空き時間があれば自主的に集まり、会議室全体を倉庫に見立て、新たな方法で業務が円滑に回るか、どこに問題が生じそうかを、疑似的なシミュレーションを繰り返すことにより改善案のブラッシュアップを行うようになっていた。支援チームが訪問した際も活発な意見交換がなされ、当社側からの投げかけも回を追うごとに増えていった。タスクフォースメンバーは部門や役職横断的な人選で選ばれていたが、「これは言ってはいけない」というような雰囲気が次第になくなり、チームを跨いで「どうやったら改善につながるか」について会話することが増えていった。

新型コロナウィルスの感染拡大に係る緊急事態宣言下ではあったものの、支援の具体的なゴールと、当社が取り組む課題解決のゴールの両方を改めて合意し、ウェブ会議やメールでのやり取りを積極的に活用しながら、倉庫管理システム導入に向けたRFPの完成を以って、伴走支援としての終着となった。

伴走支援の効果

支援終了後も、物流改善に向けた取組は、5S、進捗の見える化、色分けテープによるピッキング手順の改善、ネステナーの導入、ハンディー導入によるプロセスの短縮など様々な改善施策がボトムアップで継続している。OCRやRPAを使ったIT化も進められており、他の部門へ完成したシステムを「お披露目」し、「このシステムを使うとこんなことができる。他にも改善できる業務はないか」という形で、プロジェクトの完了から次のプロジェクトの組成をシームレスに行っていることが特徴だ。こうした業務効率化の結果、実際に残業時間も毎日30分~1時間減り、更なる改善のための時間を作れるようになった。施策検討に際しては、伴走支援中に支援者が実施した課題洗い出しの手法や会議体の運営手法も参考として、施策のメリット・デメリットの検討が行われるようになっている。

また、伴走支援を通じて、社内の心理的安全性が確保され、新しい一歩を踏み出しやすい空気が醸成されたこともポイントの一つ。若手社員からも「先輩に相談しやすい環境になった」「私でもできるのではないか、新しいことに挑戦したい」という声を聞くようになり、退職率も下がっている。

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